臼杵を観光する (1)

2020/03/06

 

 写真:古園石仏。中央が大日如来坐像

 

 

 私は明日で80歳になる。傘寿というわけだ。

 

 傘寿で誰かにお祝いをしてもらおうなどとは露にも思わぬ。お祝いされれば余計な配慮をしなければならず、年寄りだけに煩わしい。

 

 しかし、記念は記念であり、「記念する」ではなくて、「祈念する」必要があると思い始めた。つまり、私の人生にとって「何事も思い残すことがないように祈念しておこう」と思い始めたのだ。「四国八十八か所巡礼はどうやろう」と先日から調べ始めたのだが、歩き巡礼は体力から考えて無理。バスもタクシーも新型コロナに罹りに行くようなものだから、「罹ってからの巡礼コロリ」は社会問題になるし、自制すべし、と考えて止めた。そこで思いついたのが「臼杵」である。臼杵ならば「一人で一時間で」巡礼することができる、そう考えて早速実行することにした。

 

 写真:ホキ石仏第二群から背後の臼杵石仏公園を見下ろす。遠くに見えるのが満月寺。その手前に蓮の水田がのぞまれる。こころが落ち着く眺めで私は好きだ。手前の古石塔群も好もしい。

 

 

 四国巡礼で「歩き」も「バス」も「タクシー」もだめなら、「50ccバイクで」と思いついて調べたのだが、確かに50ccバイクで四国巡礼した人はいる。だが、1200km50ccバイクはきつい。そこで臼杵なら「バイクで回れる」と考え付いたのだ。そこで早速実行した。臼杵市ではこういう人たちのために電動自転車とふつうの自転車をリースしている。普通の自転車のレンタル料は無料。電動自転車は一日\300という安さ。

 

 別府駅朝7:56発臼杵行普通電車に乗った。臼杵行はスイカが効かないので、現金で片道\950支払った。

 

写真:車内風景

 

 

 二両編成の普通電車である。目につくのは、「マスク」と「スマートフォン」である。私も最近自由時間が持てるようになって「スマートフォン」の操作を覚え始めた。まるでコンピューターを持ち歩いているようで便利だが、電車のなかで操作するには虫眼鏡が必要になるから、使わない。旅行先での自分の居場所確認が目的である。

 

 1時間18分で臼杵駅に到着した。

 

 画像:臼杵市観光交流プラザ編纂「うすきあるき-サイクリングコース」から

 

 

 街の中心にある臼杵市観光交流プラザまで歩いて、そこで電動自転車を借りる。初めてなのでプラザ前の広場でお嬢さんに教えてもらい乗ってみる。もうかれこれ60年も乗っていない自転車なので、足を後ろに上げて跨ぐことができない。でも、まあ、なんとか乗れた。

 

 地図上の赤線の→をたどって進む。

 

 

まず、龍原寺の三重の塔を過ぎる。あとは臼杵川に沿って走るだけだ。川沿いに早咲きの緋寒桜の並木が見えるが、残念!盛りを過ぎて葉桜になりかけだ。

 

 

 臼杵石仏に到着した。新型コロンを警戒してか人影もない。ラッキー!

 

 臼杵石仏については、前に訪問記を書いた。だから繰り返さない。前回はレンタカーを使ってピンポイントで石仏だけを見物した。今回は電動自転車での観光だから、臼杵の街も含めて丹念に調べることができて嬉しい。

 

 画像:臼杵石仏事務所作成「国宝臼杵石仏」から

 

 

 石仏についてはホキ石仏第二群第一龕が素晴らしい。

 

 

 

 阿弥陀三尊なのだが、特に向かって右側の観音菩薩像が素晴らしい。当時の色彩も残っている。左手に蓮の花(未敷(みふ)蓮華)を持っておられるのだが、右手は(来迎の極みには)蓮台盆を持っておられる筈だ。要するに阿弥陀如来三尊像とは、今はの極みに阿弥陀如来がお迎えに来てくださるのだから、私たちは「南無阿弥陀仏」と一声唱えて、観音菩薩の捧げるお盆の上に乗るだけでよい。これで成仏できるのだ。

 

 

 

 

 ところで比較に出すのは宇治平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像のお顔なのですが、似ていると思われませんか? 私はそっくりだと思います。

 

 画像:宇治平等院ホームページから借用。

 

 

 

 世に名高い定朝様式の本人定朝作であることが確実な、現存する唯一の作品がこの平等院阿弥陀如来坐像なのですから、ひょっとしてひょっとすると、臼杵石仏のうちホキ石仏第二群第一龕の阿弥陀如来が定朝の作品であることが将来証明されることもあるかもしれません。期待して待ちましょう。

 

 

 

 

 また、横から見た三尊のお姿の神々しいこと。これぞ平安時代の人が求めていた雰囲気なのですね。この作品はやはり傑作というべきでしょう。

 

 

 なにも芥川龍之介の羅生門を引き合いに出すまでもなく、昔の平安時代に疫病のパンデミックはざらにあった事象である。人々は、疾病からの快癒とあの世での魂の平安を願ったのだ。その雰囲気が上の阿弥陀三尊菩薩の描写から痛いほど感じられる。