Flixborough 1

2017/05/25

 前にもお話したように、石油化学は量子力学理論によって生まれた戦後の新技術であり、現在は2017年でありますから、1945年から数えてもわずかに72年経過したにすぎません。しかし、石油化学はすでに成長のピークを過ぎており、老齢化の時期にさしかかっております。競争が激しくて巨額の利益が見込めなくなっているのです。


 この長いようで短かった石油化学の時代のなかで曲がり角を作ったのが、英国のフリクスバラです。日本にはほとんど紹介されていませんが、1974年6月、この土地にあったカプロラクタム工場が大爆発を起こしたのです。その爆発の規模は16キロトン・TNT(TNT火薬換算16,000トン)で、広島に落とされた原子爆弾Little Boy(15キロトン・TNT)と同程度の規模でした。


 これが世界の石油化学工場の事故では最大の規模で、2017年の現在でもこの事故の規模をこえる事故は起きてはおりません。

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 当時の精細な写真は残っておりませんが、新聞記事の写真によれば、事故前の工場はこうだったのです。
 

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爆発後の火災状況
You Tube

BBC Archiveから

 事故後の有様は次です。

 この事故の規模、原因についてイギリス政府による正式報告書の一部を引用しておきましょう。


大規模爆発


 このプラントは英国のニプロ社が所有してカプロラクタムを作っていた。カプロラクタムとは、ナイロンの製造に使われる原料化学品である。この惨事に遡ること二か月前、反応塔の一つに亀裂が発見された。漏洩が生じた反応器をバイパスするように一本のパイプが設置され、生産を継続できるようにしてあった。1974年6月1日の午後遅く、暫定的なバイパス・パイプが破裂し、大量のシクロヘキサンがパイプから漏洩し、蒸気雲を生じさせた。これが発火源となった。巨大な爆発がこのプラントを破壊した。コントロール・ルームでは、窓が破壊され、屋根が落ちて、18名の死者が出た。

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爆発後のフリクスバラ・プラント-正式報告、TS 84/37/1

事故の概観:英国における市場最大の爆発


この事故を理解するために、下の図表に関係するユニットとプロセスを提示する。

 

 六個の直列攪拌反応器のなかで、シクロヘキサンが投入された圧縮空気によって酸化される。プロセスの反応条件の8.8バール(圧力)と155℃(温度)でシクロヘキサノンとシクロヘキサノールが生成する。この反応歩留まりは低いので、未反応のシクロヘキサンはもう一度循環させられる。

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 1974年6月1日午後4時53分、このプラントと周囲600m以内のすべての建物は破壊された。この爆燃(ガスを通して爆薬の表面に沿って増殖する燃焼)は50km離れた地点で聞くことができた。この事故により、工場労働者28名が死亡した。コントロール・ルームで生き残った生存者はいなかった。負傷者は89名であった。内訳はプラント内で36名、プラント外で53名。火災は数日続いた。この災害で好かったといえる点は、この事故が週末に起ったことだ。通常の週日にはここで550名の従業員が働いていたのだ。

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 主たる爆発の直接的な原因は、反応塔4番と6番の間の20インチ・バイパス組み立て部品の破裂であった。40乃至60トンのシクロヘキサンが漏れ出し、反応塔付近に直径200m、高さ100mの霧を形成し、30秒後に発火した。この事故の前、3月27日に、5番反応塔に垂直方向の亀裂が発見され、シクロヘキサンが漏洩した。これは致命的な問題であると判断されたので、この反応機は取り外され、第4反応機と第6反応機の間に単純なバイパスが設けられた。

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爆発直後の反応塔4と6 -正式報告 TS 84/37/1

 この事故だが、このバイパス・ラインは安全性の確認、あるいは経験ある技術者による監督なしに設置されたものである。このバイパスは作業場の床にチョークでスケッチされたものであった、云々。

 

以上で正式報告の引用を終了する。

 

 

 なお、補足説明すると、


Nypro社 :DSM社(オランダ)55%、英国石炭公社 45%の合弁会社
生産  :カプロラクタム(ナイロンの原料)年間70,000MT
原料  :シクロヘキサン(ICI Wiltonから海上輸送で供給されていた)
技術  :DSM法
合成方法 :
 シクロヘキサンの酸化により得られたシクロヘキサノンを、ヒドロキシルアミン硫酸塩を用いてシクロヘキサノンオキシムに変換し、その後、発煙硫酸によってベックマン転位させて合成する。
 オキシム化、ベックマン転移いずれの段階でも大量の硫酸アンモニウムを副生する。その副生量はカプロラクタムの量よりも多く(1.6倍以上)、非効率である。

注:上記合成方法のうち冒頭部分「シクロヘキサンの酸化により得られたシクロヘキサノン」の部分が爆発したものである。