Flixborough5

 大蔵省査察チーム引用とは聞きなれない名前だが、現在は財務省の傘下にある国税局の査察部のことである。


 日本の税制の根幹たる申告納税制度の維持を使命とし、その元締めとして 、国税庁査察課は、全国の査察調査の進行管理、法令の解釈・適用など、査察制度の司令塔としての役割を担っている。


 税務署では取り扱えない悪質な脱税事案については、この部が強制調査を行うことができる。裁判所からの令状に基づきまたは国税犯則取締法により「収税官吏章」を用いて強制調査を行い、検察に脱税犯人として告発する事務を行う。

 

 現実には日本の大会社は年に一回数か月、査察部による出張捜査が行われ、脱税案件が摘発され、悪質な案件については追徴課税ならびに重加算税等が徴収されているわけです。

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 商社の仕事とは、あまり知られていませんが、商売を作り上げる一方で、財務省による年に一回の査察チームの網にかからないように、完璧な税金対策を事前に構築することなのです。

画像:Rotterdam

 ところが欧州での私のシクロヘキサン取引は見事に財務省(当時は大蔵省といった)の査察チームの網にかかったのです。


 シクロヘキサン取引概要は次の通りでした:


 売主:英国石炭庁
 買主:日本の合成繊維メーカーT社
 商品:シクロヘキサン
 数量:5,000MT
 売値:220$/MT CIF Rotterdam
 買値:120$/MT FOB Humber
 売上総額:US$1,100,000.-
 純利益:US$400,000.-

 

 売上額にたいする利益額が大きすぎる。通常の商社取引ならば、利益額は3%程度、US$33,000.-が妥当なのに、この取引では通常の10倍超の利益となっている。違法取引としか考えられない、というものでした。(査察は、最終的な契約形態と内容を精査することに始まるからこれを「出口捜査」と言うことにしましょう。)


 こうしてマルサの徹底的な捜査がはじまりました。


 彼等の捜査は出口捜査から始まるのですが、出口捜査でまず、疑問点を洗い出し、次に担当者から聞き取りを行いながら、ことの初めから、取引経過の聞き取りを行うのです。つまり入り口捜査です。通常はこれで一切は聞き出せるのですが、本件についてはスワップ取引を行ったので、他社との交錯点が出てきましたし、それにそもそもスワップ取引というのは、取引で支払うべきであった費用を支払わずに済ませるという非現実的操作を頭の中で思い描かねばならない、というややこしい取引ですから、出口捜査、入り口捜査、その両方をやってもなかなか得心が得られなかったはずです。現実に捜査員はT社まで出かけて、聞き取り調査と事実の確認を行ったようです。

画像:脱税のイメージ

 事実は、私がflixborough4で述べた通りで、簡単至極であり、私には意図的な脱税の意思もなければ、意図的な利益誘導操作もやってはいませんでしたから、これで無罪放免になるだろうと思っていたら、そうはなりませんでした。マルサにとって一番初めの印象、つまり私の言葉で「出口調査」で感じた直観の方が大事なのであって、直観を重視するのであります。「悪いことをやっているに違いない。叩けばホコリがでるはずだ」これで延々と捜査が続行されて私たちは縛り首に近い状態まで追い込まれました。


 会社の上の誰かが救いの手を差し伸べてくれました。「これではきりがない。この担当者を欧州駐在にしてしまえ。マルサに聞かれたら、あの担当者は欧州駐在になり、もうすでに赴任しましたから、これ以上、質問はできません、と答えよ」だって。こうして、私は、まるでマルサに後押しされたかのようにして欧州駐在員になったのです。1976年はじめ、私が36歳のときのことでした。


 もちろん出口調査とそれにもとづく直観を否定するものではないのですが、上の例でみられるとおり、出口調査のみでは契約内容の理解はまず不可能です。事は必ず入り口調査から始めなければならないのです。さもないと、無理解のまま決定が下されるという、まことに悲惨な結末に陥ります。よく聞くでしょう。「見解の相違はあるが、重加算税相当だ」。


 内情も聞かずにひたすら「利益を出せ」と役員に社長がつめよる東芝スタイルもこの「出口調査」メンタリティーですね。注意しましょう。

 

 

 でも今から考えると、T社との談合が終わった時点で、ただちにスワップ協定書を作成しておけば、こんな混乱はなかったのでしょうが、その当時はのんびりしたもので、スワップ協定書の作成など誰も考えもしない時代だったのです。

 で、結局、財務省に追われた感想は? と聞かれたら、映画「アンタッチャブル」でロバート・デ・ニーロ演ずる暗黒街のボス、アル・カポネの気分ですね、と答えることにしています。

 

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