2018/09/21
やっと暑い夏が去って、秋が到来しました。
我が家のセントラル・ヒーティングが動き始め、夜中しばしば稼働するようになりました。
暖房装置が動き始めると、蓼科の秋は急速に深まり始めます。
10月半ばには紅葉、11月初めから冬支度に入ります。
その時点で私は冬の服装を携帯して、東京に出るのです。東京の家には私のために一部屋を作ってもらい、ベッドを入れ、テレビを備え付け、コンピューターを使えるように造作してもらったのですが、今年の5月一か月ほど一緒に暮らしてみたら、やはりもうひとつうまくいきませんでした。
なにがうまくいかなかったか? 東京人がセカセカと生活のために動き回るリズムと、私のような隠居生活に入った「自由人」の生活では生活のリズムがまったく異なっており、リズムが合わないことが原因です。周囲に人が多すぎる、自然がない、のびやかな雰囲気に欠ける、というところでしょうか。
或いは、こう考えてもらったら私の感じているフィーリングが理解していただけるのではないでしょうか?
孤独生活に慣れた禅寺の禅僧が突然に東京の大森の雑踏のなかに一人で放り出された、という感じかな。外からみても、自分の内側から見ても都会の環境に「違和感がある」という異次元的疎外感があるということかな。
画像: 瑞鳩峰山報恩寺は、岩手県盛岡市名須川町にある曹洞宗の寺院
昔、学生の頃、東北地方を無銭旅行していたとき、盛岡市に汽車で到着し、どこに泊まろうかなと考えながら盛岡の街を歩き回っていたら、まったく偶然に曹洞宗の報恩寺の前に出て、あまりに立派なお寺であるのに感動して、のこのこ山門を入り、庫裡で「泊まらせてくれ」と頼みました。応対に出てきてくださった僧侶が快く招じ入れてくださって、その晩は夕食をいただいて玄関脇の小室で寝、翌朝は朝の座禅、お勤めからはじまって掃除をさせられたあと、朝食をいただきました。漬物を残したら、「残すな!」と強く譴責されました。どうやらその当時から、私には禅僧見習いの雰囲気があったようで、一介の貧乏学生を泊まらせるほうも泊まらせるほうだが、私にもなにかその要求を受け入れせしめる一種の「見習い禅僧風格」があったのかもしれません。
画像: 瑞鳩峰山報恩寺の位置
つまり、私は、無言無字の禅寺での生活はなんなくこなすのだが、逆に、東京の雑踏のなかで生きるとか、周囲に同調して暮らすとかいう心の雰囲気が、私にはまったく欠落しているような具合なのです。
だから、10月末になって、蓼科から退散しなければならなくなったとき、では、どこへ行こうかな、と今考えているところなのですが、
金沢は退散してしまったし、それに北陸の冬は天気が悪い。天気のよい表日本で、できれば温泉があれば、有難い。
禅僧はこのような手前勝手な要求はしないはずなのだが、河原坊主はふんどしがゆるい所為か、ついつい手前勝手な妄想に走ってしまう。
でも、こういう事情は私だけに限ったことではない。日本に居る多数の高齢者の年金生活者が同じ思いでもぞもぞと「疎外的環境からの脱出」を計っているのだ。彼らは私と同じく、引退生活が環境に対して感じる「違和感」を感じて、「自然との調和」が得られる生活環境を求めているのだ。東京という薄汚いビジネス環境からの脱出を心から渇望しているのだ。
画像:
《礼拝》
1962-63年 油彩・カンヴァス(藤田77歳のときの作品)
114.0×143.0cm
パリ市立近代美術館(フランス)蔵
緻密な模様の衣をまとった聖母に対し、藤田は修道士の服装で妻の君代とともに祈りを捧げている。周囲には少女と動物たちが、画家の背後には前年に移住したパリ近郊の村ヴィリエ=ル=バクルの家が描かれている。「乳白色の下地」を用いながらも、絵具層の色の鮮やかさとコントラストが印象的。晩年の代表作であり、藤田芸術の集大成といえる。
藤田嗣治は画家だから引退生活ではなかったが、老年になってから(藤田嗣治が神秘的啓示を受けた頃)、住居をパリ郊外、パリから南西約25kmほど離れたヴィリエ・ル・バクル(Villiers-le-Bâcle)に変えた。訪ねてみればわかるが、驚くほどの田舎である。生涯の仕事を終えた人間にパリのビジネス環境は必要ないのである。
藤田嗣治の最終の住まいヴィリエ・ル・バクル
画像:GoogleMap, 2018
引退した藤田が好んだド田舎の彼の家は、上の絵の藤田の頭の後ろに描かれている。この家は崖っ淵に作られた南向きの小さい家で、二階部分の裏が公道になっている。
このような田舎で、もとは農家だから、ひどく安い買い物だったと思われる。こういうあばら家を私も見つけたい。歳をとると、見かけなどは関係がなくなる。
画像:GoogleMap, 2018
藤田嗣治のヴィリエ・ル・バクルについては、最近NHKでテレビ放映されて、見たい人はNHKオンデマンドで見られるようになっているらしい。『パリ郊外に藤田嗣治のアトリエを訪ねて』というインターネット記事もただで閲覧可能だ。
では皆さま、御機嫌よう。