2023_12_27 藤原采女亮

2023/12/27

藤原采女亮碑 (藤原采女亮政之 - Wikipedia

 

画像:GoogleMap,2023

 

 これは一体何の碑か! 場所は長野県長野市の善光寺。藤原采女亮ふじわらうねめのすけ碑と書いてある。善光寺にあるのだから、きっと善光寺となにか深い関係があるのだな、と想像してしまう。実は深い関係などなにもない。仏教との関係もない。この碑を一般人が伏し拝んでも、何のご利益もない。

 

 

 善光寺からはるかに離れて本州の西端・下関へ来ると、事情ははっきりする。

 

画像:GoogleMap,2023

 

 皆さまご存じの下関の国道9号線。昔の山陰道の西の端。その国道9号線を挟んで、ふぐの袋セリ像(参照:河豚と海豚 のある唐戸市場の反対側に、亀山八幡宮がある。そして国道に面した大鳥居の右下に隠れるようにして、「床屋発祥の地」碑がある。

 

画像:下関市 亀山八幡宮 鳥居の右に床屋発祥の地碑がある。

 

 この碑は女性にはまったく無縁である。だから女性は立ち入り禁止というわけはないが、女性が見ても有難みがまったくない。床屋というのは男性だけがお世話になる男性のための職業なのだ。

 

 では、藤原采女亮と床屋との関連性はなにか?

 

 詳しくは、藤原采女亮政之 - Wikipediaを読んでください。更に詳しくは次。

 

 

「髪結職文由緒書」より

 

鎌倉時代の中期(1264~73年)、亀山天皇に仕えていた京都御所の北面の武士“従五位ノ下北小路蔵人頭・藤原基晴”は、宝刀紛失の責任をとってその職を辞し、三男“采女之亮政之(うねめのすけまさゆき)”を連れて宝刀探索のため、当時蒙古襲来で風雲急を告げていた長門国下関に下った。采女之亮は、新羅人の髪結職からその技術を学び、我が国初の結髪所を開き往来の武士や金持ちを客として生計を立て、宝刀の探索を継続していた。

 

その結髪所の奥には、亀山天皇と藤原家祖先を祀る立派な床の間(とこの祭壇)があり、いつとはなしに「床の間のある店」と呼ばれ、転じて「床場(場は人の集まる場所)」、さらに「床屋」という屋号で呼ばれるようになり、下関から全国へ「床屋」が広まった。

 

その後、采女之亮は宝刀を見つけ朝廷に奉還し、鎌倉に移り住んで京都風の結髪職として幕府から重用された。

 

(出典:床屋発祥の地碑 亀山八幡宮 (kameyamagu.com)

 

 

 江戸時代の床屋の画像です。浮世絵に仕立てたのは歌川広景 - Wikipediaです。

 

 

理容椅子などというものはその当時は存在しておらず、利用者は床屋の框に腰かけているだけです。理容士の前の棚には櫛が置かれています。壁には長い髪を切るための和鋏が釘からぶら下がっています。客が声を上げて怒鳴っています。よく見ると月代(さかやき 月代とは - Google 検索)に続く頭の右半分の髪がなくなっています。手に剃刀をもつ理容士が間違ってそり落としたのです。うろたえる理容士、利用者が手に持つ板切れの上に剃り落とされた髪が乗っています。珍事です。大事件です。見物客が二人、大声で笑っています。当惑する理容士の顔。

 

 

 ボンソワールTV のアマンディーヌさんが、フランスから連れてきたフランス人の大学一年生を山形県酒田市の理髪店へ連れて行きました。ここには昔の日本の散髪サービスが温存されています。そういえば、70年まえの日本では耳掃除も散髪サービスに含まれていたのですね。思い出しましたよ。

 

 

 

 これらの画像とはまるで違っているのが、私の住んでいる別府市の散髪業だ。

 別府駅を降りて私のフラットへとブラブラ歩いてくると、青山通りの左側に赤・青・白の回転灯を沢山に取り付けた散髪屋の前を通ることとなる。別府駅から歩いて僅かに2分。

 

 

これが大衆理容という名前の散髪屋である。

 

画像:別府市青山通りの散髪屋。GoogleMap, 2023

 

カット、シャンプー、仕上げ 1,000円と書いた看板が掲げられているから、嫌でも目につく。現在では看板にかかわらず、シャンプーが無くて、カットと仕上げで1,000円だ。別府で一番安い理髪店だ。これ以上安い理髪店はない。

 

画像:GoogleMap,2023

 

実は、私は昨日26日、昼頃にこの店へ散髪にやってきたのだが、客が立て込んでいるものだから、1時間経っても順番が回ってこない。年末で立て込んでいるのだ。他の用事があったので、私は一旦退店したのだが、料金を返してくれない。明日(今日のこと)来てくれの一点張りだ。

 

そういうわけで私は今日朝8:30、開店と同時に来たわけだが、私の昨日の切符は大切に保管されていて、私は一番で散髪してもらうことができた。

 

 

 

 

やっと散髪される権利をもらえたので、喜びのあまり、平生聞けなかったことを色々と聞いてみた。

 

 

 私の質問だが、

 

1.     今の時代に散髪が一回千円というのは安すぎる。千五百円に値上げしたらどうなのかね。

 

(答)

私は店主ではない。店主は大きな組織、「大衆理容」という会社である。非常に規模の大きな会社なのだ。一方、私はサラリーマンだ。歩合制で一回髪を刈ると、店主が私に百円くれる。一日25回刈ると、私の取り分は2,500円になる。

 

私も千円は安すぎるとは思うも、しかし店主は値上げをしない。

 

私の想像だが、今値上げをすると、クーポン販売機を全店新しいのに交換しなければならない。それには莫大な費用が掛かる。表の看板も変えなければならないし。費用がかかり過ぎるのが値上げをしない理由だと思う。

 

値上げをするのは多分、現在の紙幣が新札に代わる時期になるだろうね。新札は多分来年になるだろうという観測だ。

 

 

2.     別府市には「大衆理容」の理髪店はほかにはない。だが駅付近の理髪店とか美容室とかへ行っても、私は入店を断られる。どうしてか?

 

(答)

  貴方がその店にふさわしくないからだ。最近の理髪店とか美容室は客を選ぶ。 理髪代が4~5千円取れなければ、客を断る。若い男性で髪を金色に染めるタイプが彼らの理念に合う客のタイプなのだ。

 

 奴らは一人5千円取れるから客にする。5千円なら人数が少なくても間尺にあう。一人千円では経営が成り立たない。

 

 

 

 もちろん、私も私だ。一回5千円もする散髪代なら、行くものか。

 

 

 こういう会話をしてから、私は合点がいきました。

 

 時代が変わったのです。現代の藤原采女亮は客を選ぶのです。全国理容生活衛生同業組合連合会というのが客を選ぶ権利を持っているようです。

 

残念ながら老人は、一瞥だけで判別され、二等国民に格下げされるもののようです。ま、実際、年金生活者は金(かね)をもっていないのだから、当たり前といえば当たり前なのでしょうが、なんとなく寂しい。

 

 

 

では皆さま、御機嫌よう。

 

注: 調べたら大衆理容という名前ではなく、理容プラージュという組織だった。

全国に直営730店舗以上も抱える大きな組織らしいが、これ以上詳しいことは

調べないことにします。