2019/12/31
4. 北朝鮮の火星20号ミサイルの爆発 P231
経済制裁の緩和と豊渓里核実験場の破壊をセットとして北朝鮮は米国に提案してきているが、これは西側のガードの甘さを突く詐欺行為である。なんとなれば、豊渓里の内部はとっくに破壊されているからだ、と筆者は説く。
なぜ西側のガードが甘いのか、それは奇妙な髪形をした太っちょキムが、ノーベル平和賞の幻覚に惑わされたアメリカ大統領の足元を見たからだ、とフォーサイスはいう。
画像:GoogleMap, 2019
赤印が白頭山と豊渓里
それはともかく、北朝鮮はアメリカ本土に到達する能力のあるICBMを開発中で、そのためには強力なロケットエンジンと液体燃料が必要となる。
注:もともと北朝鮮はロケット技術をウクライナから導入したと信じられているが、そのエンジンは1960年代にUSSRが開発したRD-250であった。ソ連が崩壊してウクライナにはその技術的背景が消滅し、北朝鮮は新たにロシアからの技術援助に切り替えたとみられる。ロシアは現在は兵器刷新計画に切り替えているので、RD-250は御用済となっているのだが、昔RD-250を開発した技術陣はモスクワ近郊のエネゴマシュ社に残っている。フォーサイスは、北朝鮮がエネゴマシュ社から一部修正を加えたエンジンRD-250とそれに使用する液体燃料を購入した、と考えているようだ。一部の修正とは噴射燃料ジメチルヒドラジンに接触点火させる酸化剤として、従来使っていたAK-27I nitric oxide の代わりに4酸化窒素を使用することである。
こうしてでぶっちょキムはモスクワのNPOエネゴマシュ社から最新型エンジンRD-250と液体燃料ジメチルヒドラジンを買い取り、エンジンと燃料を載せた貨車をシベリア横断鉄道の蒸気機関車でけん引して陸路で北朝鮮に持ち込んだ。従来北朝鮮はロケットの打ち上げに移動式多軸トレーラーを使用していたが、これではRD-250を積んだロケットの荷重に耐えきれないので、地中に穴を開削してロケット打ち上げサイロを作った。その場所が金正日が生まれたという伝説のある、白頭山である。
注:ジメチルヒドラジン(Dimethylhydrazine)についての参考事項は次。
白頭山に持ち込まれ、組み立てが終わり、燃料が注入されたロケット火星20号は、米英の企み通り、英国の自閉症坊やの操作するコンピューターで不具合を起こし、大爆発する。
画像:白頭山 GoogleMap, 2019
白頭山に火星20号用の巨大なサイロを作る、しかもそのサイロがコンピューターの機能不全により大爆発を起こす、という筋書きはフォーサイスの創作であるようにも受け取れるし、最近北朝鮮北部で地震計が震度6の地表地震を感知したという報道もあったから、実際に起きた事態かもしれない。前にも述べたように、諜報活動の成果は必ず敵味方両方とも、秘匿するものですから。
しかし、その過程で説明されている北朝鮮の社会構造とか、金正恩が感じているはずだというチャウシェスク・トラウマは十分説得力があり、読んでいて実に楽しい。いびつに歪んだ社会構造が爆発せずにいつまで継続するのだろうと考えると、ドキドキする。しかしあらゆる犠牲を払い、核弾頭を載せたICBMの製造に専心してきた太っちょが、目的を達成できないと自覚したとき、はたしてどんな行動をとるか、予測不可能なだけに、ハラハラしますね。日本の米軍基地に原子爆弾を落とさなければいいのですが。しかし、相手がキチガイだけに、なにを起こすかわかりませんから心配です。
5. ロシアに於けるコンピューター・ハッカーの養成所
画像:
これは米英の秘密工作案件ではないのですけれど、気にかかることが一つある。次の文章を読んでほしい。
(P310)
引用文
For years, the Vozhd had personally authorized a steadily mounting cyber-war against the West. Outside his native St. Petersburg stands a skyscraper inhabited from ground to roof by cyber-hackers.
These had steadily and increasingly sown malware and Trojan horses into the computers of the West,but in those of Britain and the US especially. It was war without shells, without bombs,but most of all without declaration. But it was war ...of a sort.
(翻訳)
ロシアのボスの生まれ故郷のサンクト・ぺテルスブルで、スカイスクレイパーの中に養われているサイバー・ハッカー達は、着実にしかもどんどんと、西側のコンピューターにマルウエアとトロイの木馬を植えこんでいる。英国と米国のコンピューターについてはそれこそ狙い撃ちされている。これは砲弾や爆弾を使わない戦争である。しかもたいていの場合、宣戦布告がされてない。にもかかわらず、これは…一種の…戦争である。
注:セント・ぺテルスブルグでスカイスクレーパーと称される建物はただ一つである。ラフタ・ツエントル(Lakhta Center)。高さが462mで、ロシアでは(欧州全体を含めても)最も高い建物である。
ラフタ・ツエントル頂上からの眺めは次。
Lakhta Center(ラフタ・ツエントル)
画像:
場所だが、エルミタージュからは随分離れている。西方の海岸沿い北側である。
上述の引用文を読むと、ロシア政府は、この巨大な建物にロシアのハッカーを全員集めて、サイバー空間での諜報活動を加速させる魂胆のように読み取れるが、これはフォーサイスの筆の滑りすぎだ。実際はロシアの天然ガス公社であるGazpromなどが入居する予定だという。(Gazpromなどと一緒にラフタ・センターの一部に区分け入居したのかもしれない。)
以上見てきたように、The Foxという題名のこの小説は、サイバー空間に生きる私たちがサイバー戦争に直面するとき、どのような現象が生じるかを精密に検証している。
今後は第二次大戦のように人海戦術で多数の人的被害が生じるアナログ戦争はほとんど起こらず、お互いに手の内を隠したままサイバー攻撃を行い、相手方に最大限の被害を蒙らせることが「成果」となる「サイバー戦争」が主体となろう。
もうこれからはイデオロギーの相違など戦争の理由にならない世界となるようだ。
私たちは第二次大戦終結以降「民主主義」という概念を後生大事に守り通してきたが、これからの世界には、もはや「民主主義に基づく正義」という概念は存在しないように思える。どちらかといえば、「正義」などと主張するものは「阿呆」であり、腕力で勝ち抜く「やくざの世界」を生き抜かなければならないような事態である。
画像:IBMの53個の量子ビットが搭載されている量子コンピュータ
このようなサイバー空間での「目に見えぬ」戦争はこれから一層激化するようだが、結局はIP addressと開扉暗号の解読に尽きるわけで、現在開発中の量子コンピューターが実用化すれば、暗号解読スピードは飛躍的に速くなるだろう、と考えられている。だが、量子コンピューターの開発競争の行方はまだ定まっていない。ここが問題なのだ。
注:
IP Addressの同定方法については同じ作者の小説”The Kill List”に詳しい説明があるから、そちらを参照されることをお勧めする。
いわゆるPasswordと称する開扉暗号についてだが、Internetというものは0と1の二進法で構成されたシステムだから、数字や文字をいろいろ取り混ぜて「長い」暗号を作って防御するのが現代社会の仕組みとなっている。
けれどもこのシステムは単純で、解き易い。
例えば自転車に付ける三桁のシリンダー・ロックは0から9の十進法であるから、やってみればわかるが、10の三乗、すなわち1000回の試行で暗号は解けてしまう。
インターネットの暗号は2のN乗(Nは暗号の文字/数字の長さ)の試行回数で解ける。だから基本的には簡単だ。スーパーコンピューターを使えばいいのだ。
量子コンピューターの場合は、0と1だけの二進法ではなく、0と1の間の全ての点を生きたまま変数として使用する。その数は0.1かもしれないし、0.9998かもしれない(確率振幅)。また量子を一つ使うのではなく、二つ使うと、更に複雑さが増す。
量子コンピューターについては、専門書、たとえば
『驚異の量子コンピューター』藤井啓祐 岩波書店
を読んでください。
以上。
PS
このペーパーバックをアマゾンで買ったら送料込みで¥1200だった。\1200で二か月楽しんだのだから、この趣味安いもんだねえ。ほかにインターネット代がかかりますけど。
それにしてもフォーサイスさん、今年82歳になられるというのに、すごい筆力ですね。ひょっとすると100歳まで執筆活動を続けられるのかな。
続き