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 一昨年の11月のことだが、妻が突然電話をかけてきて、「孫のK太郎が横浜Kの小学校に合格しましたよ」と言った。


 横浜Kの小学校はおそらく日本の小学校のなかでは指折りの難関校でありますから、私は一瞬腰を抜かしかけたが、「さすがに私の娘はガッツがあるな」と喜んだ。本当は三田の学校のほうがよかったのだろうが、三田は、受験生の家庭の家格というものに大きく左右されることがあって、「三田は無理だ」と自覚したのだろう。そこで目標校を横浜に変更したのだ。


 私は孫が横浜Kを受験することさえ知らなかったので、一瞬呆気にとられた、そして喜んだ。そして早速お祝いを贈ることにした。


 近江町市場へ行って著名な海産物卸屋に命じて孫のK太郎にズワイガニの最高のものを一杯送ったのだ。「あっぱれ、でかした!」祝いだった。一昨年はズワイガニの不漁の年だったので、一杯3万円もした。でも、これが4万円であっても5万円でも変わりはなかったであろう。なにしろこの合格で、孫の今後の受験勉強とそれに要する将来の費用は一切なくなるのであろうから、蟹一杯など安いものである。

 さあ、これで一件落着だ、と考えたのだが、そうはいかなかった。


 孫に食べさせるべき蟹は、K太郎の口には入らず、K太郎の母親が食べてしまったのだ。彼女曰く、「激旨ね!」。


 あとで調べてみたら、私の娘はズワイガニの捌き方を知らず、妻に電話をかけ、「来て頂戴。来て蟹を捌いて頂戴!」と命令したのだ。しかたがないから、私の妻は田園調布まで出掛けて調理した。これが結果的に「激旨」という評価を確定したのだ。

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 この11月に珍しく、私の妻と娘が孫のK太郎を連れて金沢にやってきた。孫は蟹のことなぞまったく関心外で、ひたすら自分の知的好奇心を満たすべく、白峰の恐竜公園と小松の飛行機パークで遊んだ。


 妻が切り出したのはその小旅行のあとであった。こう言ったのだ。「あなたは蟹を田園調布に送ったでしょう。ですが、その結果は、私が田園調布まで出かけなければならなくなりました。これからは、私が出かける必要がないように、私の家宛てに送ってくださいな。毎年三杯くらいで結構ですよ、だって。


 こうなるともう根負けだよね。そういえば、そろそろ私は高齢者で、これ以上旅行したい先もなければ、これ以上買いたいものもない。娘と妻が「送って頂戴」というものは金額にかかわらず、送ることにした。


 彼らが帰った翌日私は近江町に出かけ、娘の亭主も味わうことができるよう、4杯送った。今年は豊漁で安く、1杯1.5万円だった。「もくもくと食べました。美味しかった、有難う」というメッセージが翌々日娘からE-mailで送られてきた。


 それにしても私の娘は目端が利くというか、目標の設定と目標へのねじ込みがうまいというか、親をじっくりと満足させてくれる結構な娘だねえ。